PM21:34、2月3日 「ね、眠い・・・」 家の中で、一人の男が布団の中でうずくまっている その日の気温は5度、布団の中で温まれるのがやっとの気温であった 布団の中であるから眠くなるはずであった、 その男は着替えもせず、風呂にも入らず、そのまま寝ようとしていた ぷるる・・・ぷるる・・・ 電話が鳴っている・・・ 「・・・んぁ・・・?電話か・・・」 ぷるる・・・ぷるる・・・ 数回なった後に、男はようやく気づいた 「・・・っは!ででで電話!?」 この男は電話に出てくる人物を何より恐れていた、一人は親、もう一人は・・・ 「はい!こちら、川中でございますっっ!」 もう一人は、彼女であった、 「あんたねぇ・・・いつまで待たせるの?電話の応答くらい、素早く出来るようになりなさいよ・・・」 女のあきれたようなため息が聞こえた 「ごご、ごめ・・・」 「まあ、そんなことは良いわ」 女のマシンガントークが続いた 途中、女が息を吸った、その瞬間を男は逃さない 「なあ、ところで、この前の演奏どうだった?」 「ああ、あのパッヘルベルのカノンね・・・」 女の潜めた笑い声が聞こえたような気がした 「あのねぇ、アンタギターでも弾いたら少しはマシな様になるのに、大学生になってからのリコーダーはっ・・・ひひ・・ちょ・・ちょっと・・・」 「アノ曲、結構有名なんだよ!」 「いや、それは知っているけど・・・」 「それにね・・・」 男が、ここぞ、と言うように、息を深く吸った 「俺が吹いたの、小学生で習うのよりもっと難しい部分なんだぞ!」 沈黙が続く・・・ 「小学生か!アンタは」 その一言で、男はまた体が収縮したように見えた 「でも、よかったわ、すごくうまかった!私には吹けないくらい!」 「・・・えへへ、そう?」 「じゃ、また明日」 「また明日〜」 そうして、男は電話を切った 男は上手かったと言われたのがさぞ嬉しかった様で何度も、上手かった、上手かったと布団の中で言っていた 翌日 2月4日 PM18:12 「なぜ、このことが起こるのかね?」 男、川中が手を上げる 「はい!なぜなら・・・」(ゼッタイにこれで合ってるはずだ!) 教授は静かに聴いていたのだが、やがて、口を開いた 「もう良い・・・残念ながらはずれだ」 くすくすと笑い声がおこった 今日も、授業が終わった この男は教育学部で、小学校教師を目指している、 まあ、そんなことは良い 「さぁて、今日は恵美とデートの日・・・何着ていこうかなぁ・・・」 川中が、服を選んでいる 少しは几帳面な様だ 待ち合わせの場所は雰囲気の良い喫茶店のテラスだった 彼女が近づく 「お待たせー、待った?」 「いや?ぜんぜん!」 川中とその彼女がテラスのイスに座る 他愛の無い会話が始まった 「でさー、そのパン、手から落ちかけてさ、危ない!って思うところで、偶然左手で掴んだんだ!」 笑い声が外に響く 「うそぉー、すごーい!、良かったね、食べれて!」 さぞ、楽しそうだ やがて、話題は授業のことに移った 「私さ、山勘で教授の言った事当てたのよ!」 「へぇ、ホント・・・」 だんだん川中の目に陰りが見えた 彼女が口を開く 「・・・どうしたの?授業でなんか悪いことでもあった?」 今度は川中が口を開いた 「・・・今日の授業でさ、絶対にあってる!って勢いよく答えたんだけどさ、外れちゃって、みんなから笑われたんだよね、 ほんっと、可笑しいよね、俺」 川中の寂しげな笑い声がテラスに響いた 恵美はそっと、川中の手と自分の手を重ねた 「自分が信じられなくなるから、こんな時に笑わないで(本当は辛いんでしょう?)」 ・・・川中の目に活気が戻ってきた様に見えた 「いやぁ、落ち込むなんて俺らしくないな」 「・・・もう・・・帰る?」 彼女が不安げに聞く 「・・・うん、じゃ、また明日、学校で」 川中がそっと去っていく 恵美は川中の背中をずっと見ていた たったった・・・ 不意に足音が聞こえた ぎゅっ 川中の手を何かが握ったような気がした 川中が振り返ると、恵美の顔が合った 「どうして、恵美が帰ろうって行ったのに」 川中が聞く 「手を離して振り返ったら見失ってしまいそうで怖いんだよ」 恵美は川中の手を引いて街を歩いた 「・・・ありがと、」 川中がボソッと呟いた様に聞こえた 夕日がもうすぐ沈もうとしていた
inserted by FC2 system