「大変だ……オヤジに何にも言わずに出てきたんだった……」 一瞬の沈黙が流れる。 「何だいきなり。終わってからにしろ」 バレットが言い放つ。その声すらも反響し、かなり遠くまで聞こえている様だ。 北の都市と呼ばれていた都市、ヒースロー。 で、こっそりと……いや、堂々とこの豪華絢爛な装飾のされた通路から王が居るという部屋までを歩いているのだ。 ありきたりな鎧や絵、金のイスなんかまである。 何でも盗もうとした時の音が響くように、とここまでの音響効果があるらしい。 夜になってこっそりと通路から入る予定だったのだが、警備の方がおり、快く入れてくれた。 何でも丁度仕事が一段落したらしい。王に化けていた例もあるし、ということで王に会うことになったのだ。 そして、この長い長い通路をあるいているわけだ。 「よう。探してるのは俺かい?」 突然声が掛かる。後ろから。 「リ、リョク?」 その手には黙示録が握られている。 「いや、実は俺この世界の人間じゃないんだけどよ……」 その時、一筋の光線が凄まじい衝撃波を伴ってティルディ達の隙間を縫い、 ティルディ達を吹き飛ばしてリョクに直撃する。 ……いや、直撃したかに見えたが次の瞬間にはリョクは全く違う場所へと移動していた。 「ハハハ。お前程度には負けないよ?俺。」 何気なく光線の発せられた方へリョクが言い放つ。 「ちっ……裏切り者のくせに大それた事を……」 そういったのは先程の光線を放った張本人。 ローブを着ている男だ。そのローブはぼろぼろだがかなり上質なローブだったようだ。 豪華ではないが綺麗な装飾の残骸が見て取れる。 残骸でなければかなりこの通路には似合っていただろう。が、かなり息が上がっている。 「飽きたんだよ。退屈な向こう側からこっちに来たは良いけどよ、観光も出来ないし?」 リョクが当然のように言い放つ。 呆然とそのやり取りをティルディ達は見ている。 「で、しばらくあんたらとこの人達を見てようかと思ってさ。あんたらの退屈な目標を助けるよりこっちのが面白そうだしさ。」 その言葉で、男は動き出す。 「放て神の矢!!全てを射抜け!!ストライクショット!!」 先程と同じような光線が男から放たれる。前回より威力が大きいのか、通路の鎧やイスや絵がバラバラになり転倒し、派手な音を立てて落下していく。 が、それも虚しく空を切り、ダメージを受けたのは通路の装飾のみだった。 「ま、長く続けてくれよ?じゃあな。」 リョクが消えるのと同時に、ティルディ達も消えていた。 「あいつめ……召喚された者が召喚の術士に逆らうとは……」 すると、どかどかと大勢の人の足音が響いてくる。 兵士が先程の音を聞きつけて駆けつけたようだ。 その中の一人が男を詰問する。 「貴様!!何をしている!!」 が、男は意に介した様子も無く何かをぶつぶつと呟いている。そして、一言。 「分かった。」 そういうと、口元に笑みを浮かべ―― 「あれ?ここ何処だ?」 ティルディが聞く。いつの間にか何処かに飛ばされたようだ。 「ブリストルだろう。そこにブランジェリーが見える。恐らくリョクに飛ばされたんだろうな」 確かに美味しそうなパンの匂いがしている。夜は明けているようだ。 全員が良く訳も分からず呆然としていると……。 「どうしたんだよ?忘れ物か?」 上から声が掛かる。そこには―― 「リョク!?そこから降りて説明しろ!!」 「え?どちらかに味方するようなことはしないぞ?楽しみは長いほうが良いだろう?ま、頑張れ。じゃあな。」 そういうと霞の様にリョクは消えていた。 ……翌日。 レンガ通りの喫茶店。 少し前にティルディとジャックが訪れた喫茶店だ。 相変わらずクラシックが流れている。窓からは心地良い日が差している。 「あれ……?アスタルさんは……?」 セラフィがぽつり、と尋ねる。 「ラザフォードに寄ってみたが……。店長に遮られた。」 カバーに入れたナイフをくるくると回しながらジャックが答える。 「で、これを一応買ってきたんだ。武器は持ち込めないが、ポケットに隠して持ってきた。」 今日はこれからどうするかと言う相談の為に先日の関係者で集まっているのだ。 「で、これからどうするん……」 その時、喫茶店の扉に取り付けられた少し季節はずれな風鈴がこれ以上無いほどの音を出し、 揺れた。限界まで揺れた。風鈴を扉に繋ぎ止める紐が悲鳴を上げているかもしれない。 店員も他の客が驚いている。あまり居る訳ではないが。 「げほっ……。ま、間に合ったかな?」 アスタルが疲労困憊と言う様子で扉によりかかかる。 どうやら全力で走ってきたようだ。手には新聞を持っている。 「オヤジにばれない様に抜け出してきたんだ。こんなこと滅多にないしな……。」 どさっ、とソファに座り込む。 「取り合えず飲みます?」 トマトの料理を食べる手を止めリヴォルが水を差し出す。 「あ、ありがとう……」 直ぐに一杯の水を飲み干す。 そして手に持った新聞を机の上に投げ出す。 「今日の新聞だ……。ヒースローで謎の爆発だってさ。一応弾薬なんかの爆発ってことになってる。」 思いつくのは昨日の男。良く分からないが魔法を使っていたようだ。そいつの仕業だろう。 何だか悪い事をしたかのような気分になり、沈黙が場を支配する。 暖かい日が差すほのぼのとした場所には似合わない重苦しい空気。 更に店長が曲を変えようとしたのか、一瞬完全な沈黙が訪れる。 風が出てきたのか、カタカタ、と窓から音がする。流石に少し寒いのか通りにから人が少なくなっていく。さっきとは少し違う蓄音機からの心地よい音楽も重苦しい空気に難儀しているようだ。 その時、扉の風鈴が本日二度目の大音量を発した。 扉ごと宙を舞って。
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